2012年01月11日

「原発をつくった私が原発に反対する理由」

「原発をつくった私が原発に反対する理由」(菊池洋一氏著)を読みました。

先日の新聞報道で
「『政府は、民間電力会社に任せている原子力発電の運営形態を抜本的に見直す。40 年以上にわたって政府の方針に沿って民間が運営してきた「国策・民営」の原子力政策を転換し、公的機関への運営委託や原発の所有形態の変更などを検討す る。原発運営に対する政府の関与を強めることで賠償などの責任の所在をはっきりさせ、原発再稼働に地元自治体の理解を得る狙いもあるとみられる。
枝野経済産業相は読売新聞のインタビューに対して「原発は民間企業が保有するが、事故による賠償や除染を国がやり、(運転コストが低い)メリットだけを享受するという話はいけない」と述べた。さらに「(民間企業が)膨大な保険料を負担して原発を運営するのか、メリットをあきらめて(その代わりに事故の)リスクも(国が)くみ取るのかはっきりさせるべき」だとの認識を示した。(2012年1月6日03時15分 読売新聞)』」YOMIURI ONLINE より
というのがありました。

言外に、民間会社はどうしても利益優先である故に安全対策が二の次になり、予測可能だった震災への対応が出来ず大災害を招いた、だからこれからは国が管理すれば大丈夫だ、みたいな趣旨がみてとれる。

けれどこの本を読むともっと恐ろしくなる。

詳しくは読んでいただくとして、ちょっと紹介すると恐ろしいのは、、、、
国の検査を通ったから安全などというのはちゃんちゃらおかしい世界。
原発引き渡しの国の試験当日、原発の電気系統が故障してて作業員の手旗信号で試験をパスした事もある。
重大な設計ミスが完成後、国の検査を通った後で見つかるのが原発というもの。

ぼく自身、昨年の事故当時は「原発反対タカ派」だったけれど、それ以来いろんな報道にふれて、現実的にはそうもいかないのかな、と思い始めてたけれど、実はそれは原発系企業の潤沢な資金、献金を宛にしてるマスコミ、政府が許す情報しかぼくたちに届いてないという事だったのだ。

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この手首(前足首)の柔軟さはスゴイ。


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2011年12月15日

ローマ人の物語 ハンニバル戦記

ハンニバル戦記まで読み終えました。文庫本でようやく5、まだまださ40巻近くあります。

イタリアの悪夢ハンニバルとスキピオの戦いもようやく終わり、一人間的にはどちらも負けて、国だけは依然として存在し続ける。「穏やかな帝国主義」ローマも時として残虐の限りを尽くす、、、、。

ぼくの中のイタリアブームの走りがこの本でした。

寝まーす。おやすみなさい。

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2011年12月13日

「決断できない日本」ケビン・メア

文春文庫から出たこの本「決断できない日本」ケビン・メアを読みました。

ケビン氏は例の「沖縄はゆすりの名人」発言で更迭された元米国務省高官、日本部長。彼がどのようにして嵌められたかがよくわかる。

同時に文藝春秋の新年一月号にも「日本はどこで間違えたか」という特集にも寄稿してる。

19年に及ぶ在日期間に見てきた歴代総理を歯に衣着せず痛烈に批評するのは、痛いというより、却って小気味よいほど。

今年3月6日の新聞で「失言」が共同通信の某記者の記事により出され、4日後に更迭、そして5日後に大震災が起こり直ちにトモダチ作戦の調整官になってる。

おもしろかった一冊。三日で読んだ。

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皆既月食


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2009年06月18日

菜の花の沖 六巻

とうとう嘉兵衛はロシアの船に拿捕される。

そしてロシアに連れて行かれる。

ロシア側から水夫四名を連れていくと言われる。

嘉兵衛は自分の船に戻り水夫たちにそのことを話す。

水夫たちは自分を連れて行ってくれと嘉平衛に躙りよった。

そして四人の水夫が選ばれ、その中に小豆島出身の平蔵がいた。

話はいよいよ佳境です。


BGM : Undiscovered / James Morrison
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とにかく声がいい。かなりの大物になるよ、彼は。これからのブルーアイドソウルはイギリスだな。アメリカのソウルはリズムしかない。ソウルは魂。ハートだぞ。
posted by だいちゃん at 23:46| 香川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

菜の花の沖 五巻

二日続けて早起き(自分には)でとてもねむたいけど、読み始めると止まらない。

いつも音楽を聴きながら読んでたけど、ふと思いついてグーグルアースしながら読む。
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地球上のいろんなところにしるしを点けて、菜の花の沖の一場面をポイントしていく。
おもしろい。これが世間をさわがせたマイマップなんやろか。

司馬遼太郎氏は文明性のない卑怯な罠に厳しい。

ロシア航海士ゴローニンを召し捕るところ。
直前にロシアが北方各地に上陸し施設を焼き、物品を奪い、人々を拉致した。
ロシア船が悪魔に見えた江戸の日本人は、悪意のないゴローニンを騙し、浜で召し捕る。
「日本人は、その後も、しばしば外交交渉が緊張すると、西洋の倫理からみれば背信と見られがちなことをした。その後の日露戦争および日米戦争の開戦時の不意打ちは、ながくこの民族の外交上の悪癖(平時はおとなしいが、緊張状態になると、目的のためにみずからの信用を泥の中にすててしまう)を歴史に印象づけた。」



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2009年01月26日

「菜の花の沖」 司馬遼太郎 より引用

「潮騒」
「百姓には田畑を作る上で辛苦が多いといっても播いた種子を育てるのは陽と土と水で人間が育てるわけでない。漁師にくらべれば百姓は楽なものじゃ、という。このため百姓は農業以外の時間と精力を挙げて人間関係のことに使っている礼儀作法、それに伴う衣装、村内での社交行事や慣習の遵守、漁師にはそれはない。いかに農村社会のような繁文縟礼を身につけても魚がとれなければどうにもならない。」

これと同意の文脈が数回出てくる。なるほど、農家と漁師の人たちをみてるとそうだなと思う。繁文縟礼という言葉初めて知った。政府や行政が本来効率的に物事を進めるためにしてることが逆にそれ自体が目的になってしまうという言葉、江戸期の武士階級を侮蔑した文脈かもしれない。

「春の海」
「この時代、瀬戸内海での商船(町船)の往来の繁しさは公正の想像を超えたもので、江戸期日本の黄金の海といっていい。」

確かに小豆島でも今では車で数分の隣りの集落より対岸の本州や四国と近く婚姻関係が多く、言葉使いも似ているところがある。海上交通がすべてだった頃はまさに交通の要所だったのだろう。今とは逆で小豆島程交通の便がよいところは無かったのではないか。そして素晴らしい船乗りが多く育っている。文治という小豆島に祖先を持つことを自慢する船員が嘉兵衛の船に乗っている。長く天領だった小豆島からは幕府の御用船などに多く徴集された。大部の古老によると大部は昔「水夫浦」といったそうだ。水夫=かこと読む。

「海へ」
「勘蔵というのは、手代の名だった。(酢屋のような名じゃ)と嘉兵衛はおかしく思った。」

この時代、幕府の意向で酢屋は勘のつく名を付けられた。マルカンとかミツカンとかはそういうことだったのか。

「松右衛門」
「人として天下に益することを考えずに、為すことなしに一生をすごすのは禽獣よりも劣る」

なるほどと思わせる言葉だが、実は江戸期の武士階級を痛烈に批判した言葉である。しかし「畜生より劣り」とよくいうけど禽獣という言葉は強烈だ。

「北前」
「酒の効用と申しますのは、口中を洗うことでございますな」

腕のきく船大工、与茂平に言わせる。与茂平は武家育ちだが船大工になった者の設定。当時、地方では港町であっても鮮魚は食卓に出なかったそうで、魚が食卓にのぼるの干物か一塩物だった。与茂平は干物をむしるのに箸ではなく指で「さらさらとむしり」食べた。それをみて嘉兵衛は(それが武士育ちの作法か)とふしぎに思った。
与茂平は干物を食った後は口が濁る、そこで酒を飲み口中を清め、次の料理のその味だけを楽しむために酒はあるといっている。印象深い挿話だけど、司馬先生自身がそういう酒の飲み方をしてたのではと想像する。
もし司馬先生がワインを飲んでいれば、口中で食べ物を咀嚼してるその時にワインを流し込み、食物だけでも、ワインだけでもでない第三の味を楽しむという飲み方があるのだが。いやそれも知った上で江戸時代の食物事情、酒事情を考慮しての話か。


司馬遼太郎氏が生前のインタビューで、もしかなうなら歴史上の人物の誰に会いたいかという問いに対し、その答えは秋山好古でも真之でも、坂本龍馬でもなく、高田屋嘉兵衛だと答えたということ。

まだ二巻。ますます楽しみ。

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BGM : Smoke Gets in Your Eyes / Eddie Higgins Quartet
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照明を落としてこんなのを聴いてるとオサレな気分。近所のレコ屋で買うものがなくてしょうがなく買い集まったエディーヒギンズトリオだけどても耳になじんできた。ワインをもう一杯。



posted by だいちゃん at 23:49| 香川 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月25日

菜の花の沖

司馬遼太郎先生の「菜の花の沖」ネタでかなり長文を書いた。熱燗を二合、ワインをボトル半分飲んだ。途中で風呂にも入った。

締めようと思ってちょっとした操作ミスで全文飛んでしまった。

疲れた。

頭の中で推敲しまくって明日書く。

BGM : Actual Miles / Don Henley
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ボイス・オブ・ホテル・カリフォルニア。一番好きなイーグル。グレンが「西海岸の爽やかさ」ならドンは「社会派的な重さ」、ティモシーは「切なさ」、ジョーは「ロックぽさ」。それぞれいい味出してる。個別に活動してた時の曲でイーグルスとして演るのはドンのものだけ。やはりドンは首領だな。

posted by だいちゃん at 23:59| 香川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

「海の底」 有川浩

ぼくは蜘蛛が嫌いでない。もちろん大きいのはちょっと怖い。家にいるような最大てのひら大くらいまでならある程度好きでさえある。好きってもみても知らん顔するくらいだけど。
ミクシの昔の日記に書いたので捜せばみつかるのだけど、桜の頃、父親が死んでその秋の彼岸の夜、小さなアズキ粒くらいの蜘蛛が部屋に来た。パソコンのキーボードをうろうろするのでフッと吹き飛ばす。すぐまた来て遊んでる。また吹き飛ばす。すくまた来る。吹き飛ばすの繰り返し。はっと気付いた。オヤジかも。その後ほっといたらしばらくディスプレイをよじ登ったり滑り落ちたりいつまでも遊んで帰らなかった。それ以来蜘蛛は嫌いでない。

ぼくは海老とか蟹とか甲殻類、結構好きだった。ザリガニのデザインは神さまの最高傑作でないかと思う。ソムリエ試験の勉強してた頃、甲殻類のおいしさはその殻から出る旨味だと習った。けどしばらく甲殻類は食べられそうにない。というか寝るのが怖い。怖い夢をみそうだからだ。「海の底」、奇想天外のミステリー小説。横須賀に無数の巨大なザリガニが上陸してくる。深海にいた海老が浅瀬で繁殖し天敵がいないため外敵に食われることを前提に天文学的数でふ化する幼生のすべてが成長した。そういえば水棲動物は寿命と栄養の制限がなければいくらでも大きくなる、ということを聞いたことがある。実際、金魚はその鉢の大きさにあわせていくらでも大きくなるらしい。どんどん上陸して人を襲う。ちょっと怖い。いや怖すぎる。

まだ1/3しか読んでないけど。

土庄図書館で借りました。
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BGM : Tubular Bells / Oldfield
たまたまかかった曲も怖い。なんだか iTune も怖ろしい。

posted by だいちゃん at 23:35| 香川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

「季節の言葉」 長谷川櫂

なんとなくおもしろくない日もある。何がどうしたわけでもないけれど。どうでもいいことが気になって引っかかっる。「つまんない日」

今日はぼく一人。こんな日はそのほうがいい。いらんこと言ってしまって自分一人の憂鬱をみんなにまき散らしてしまうよりは。

ドニにごはんをあげる。iPod からスピーカに繋ぎ音楽を聴きながら本を読む。

「季節の言葉」 長谷川櫂
俳句の季語の本。すばらしいエッセイでもある。

 津軽半島の北端、竜飛岬へと続く青森県三厩村の海岸は外ヶ浜と呼ばれる。国の果ての海岸という意味の卒土の浜が訛ったものらしい。ここは雁風呂の伝説が残っている。
 雁は秋に渡って来る際、木切れをくわえてきて、ときどき、これを波間に浮かべて休む。日本に着くとさいはての外ヶ浜にこの木切れを置いてゆき、春帰るときにまたくわえてゆく。雁が去った後、浜辺に残っている木切れは、冬の間に日本で死んだ雁のものだ。浜人たちはその供養のために、木切れを拾い集めて風呂を焚いたという。
  (以上引用)

へえーと思う。いつか行ってみたいなあと思う。そんな風呂に入ってみたい。

新しいワインを開けて一杯二杯と飲みながら、こんな文章を読んでいると心が癒されてゆく。音楽はロリー・ギャラガー。若くして死んでしまった希代の天才ストラト使い。ほろっと酔ってきて目を閉じると目の前にいるようなライブ音源。

心がほどけていくのがわかる。

もうすぐ帰ってくる嫁はんや娘のために、風呂洗っとくか。

ドニは気配を察知して近寄らない。空気が読める犬。というより一緒に暮らしてるおっさん。

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BGM : Messin' With The Kid / Rory Gallagher




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2008年08月29日

トランクの中の日本 ジョー・オダネル

就寝 00:15
起床 05:15
朝は霧のような小雨だったので走りに行く。
いつも空き缶を拾らうのですが、なんと今日はブリコのサングラスを拾った。
落とし物か忘れ物かしらないけれどコースの測道に落ちてた。知る人は知ってる
自転車競技とかピスト競技では有名なブリコです。
もちろん使用感ブリブリの誰かの落とし物です。

なんかわらしべ長者になったみたい。

日中はゲリラ豪雨。

昨日読み終えた柳田邦男氏の本を返しに図書館へ行って、新入荷のところでみつけた写真集「トランクの中の日本」米従軍カメラマンの非公式日本記録というのを借りました。

第二次世界大戦の終戦直後、占領軍の従軍カメラマンとして日本に滞在したカメラマンの非公式写真集。



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カメラマンの説明
「佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺め
ていました。すると白いマスクをかけた男達が目に入りまし
た。男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をし
ていました。荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の
中に次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。お
んぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は
当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の
様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼
き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも
裸足です。少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目
を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠
っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひも
を解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んで
いる事に初めて気付いたのです。男達は幼子の手と足を持
つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえま
した。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。
それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な
夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を
赤く照らしました。その時です、炎を食い入るように見つめる
少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年が
あまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、
ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が
静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を
去っていきました」

店でじっと見ていたら後で弟も黙って写真集を見ていました。

晩飯もなんか食べる気が起こらず、
ひやごはんとサバの缶詰で済ませました。
最後、冷たいごはんに冷たいほうじ茶と梅干しでお茶漬け。
ほうじ茶と思ったのは素麺のダシでした。
笑う気にも、さわぐ気にもなれず、ごはんを水で洗って
そのまま水で食べてしまいました。

ぼくのつたない文章力では伝えきれません。
「焼き場に立つ少年」で検索すると多くのブログがヒットします。
ぜひ読んでみてください。




posted by だいちゃん at 23:31| 香川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする