柳川氏は1956年生まれ。生まれつき眼の病気で何回も手術されましたが8歳で全盲に。盲学校時代には柔道や盲人野球に親しみ、奇跡が起こって目が見えるようになって高校野球で甲子園に行きたい、プロ野球選手になりたいと心から願ったそうです。
89年に盲人チャレンジマラソンに出て走る楽しみを知り翌年ホノルルマラソンを完走。
以後パラリンピックを目指す。多くの協力者に支えられバルセロナ大会6位、そしてアトランタ大会で金メダル獲得。タイムは2'50'56"ですから!!!!!!
なんとトライアスロンにも出てらっしゃる。それも本物、アイアンマンディスタンスです!
今は五種競技で次のパラリンピックを目指しているという本物中の本物のアスリートです。
聴衆からの質問でトレーニング環境に不満はありませんか? 我が国の障害者スポーツに対する理解度を聞く質問だったけど、、、、、
柳川氏曰く、今ある環境に文句は言わず、そこでのベストパフォーマンスを目指す。
この言葉がすべてだと。私はガーンと頭を打たれた気がしました。氏にとっての今ある環境とは、、、、、。私達、健常者は深く心に刻まなければならない言葉だと思いました。想像してみてください。五種競技は、短距離競走、幅跳び、円盤投げ、槍投げ、レスリングで、氏は幅跳びも、投てき競技もレスリングも見たことがないのです。
ぼくは仕事しながらフルマラソン完走を目指してて、けっこうたいへんなんだ、ぼくはがんばってるんだと思い上がってましたが、自分の甘さを思い知らされました。
全盲、という感覚は、両目を閉じてその上から手のひらを押し当てた全く光の無い状態だそうです。
柳川氏の言葉「私は全盲で不自由だけれど、不幸じゃない」
今年は間に合わないけれど来年のタートルマラソンには必ず伴走させていただくのでレースに出てもらう約束をして別れました。


BGM: Save Room / John Legend